こんにちは。
心と働き方のカウンセラー、山﨑ももこです。
先日、お昼ごはんを食べたあとに近所を散歩していたところ、下校中の小学生たちの姿を見かけました。
そこでまず目に留まったのが、子どもたちが背負っているランドセル。
薄紫、ピンク、水色、濃紺…ずいぶんとカラフル。さらにステッチが入っているものや、留め金の位置などもみんな違う。
その瞬間、私の記憶は小学生時代にタイムスリップしました。
実は、ランドセルについて、少し苦い思い出があるのです。
「みんなと違う」を突きつけられた日々
私が小学生だったのは平成初期。
ランドセルといえば、「男の子は黒・女の子は赤」が定番。
形も上からパカッとかぶせるようなタイプで、みんな一緒。私の体感では、99%の子がそれを背負っていました。
でも、私のランドセルはモスグリーン。
横長で、背負ったときにちょうど背中のところで留め具が止まる、珍しいタイプでした。
それを選んだのは私ではなく、親です。
あまり既製品や画一的なものを好まなかったようで、おそらく親の感覚では「質のいいもの」「個性的なもの」を選んでくれたのだと思います。
でも、当時の私にとっては、それが苦痛でもありました。
というのも、小学校1年生は防犯用に黄色のランドセルカバーをつけるのですが、私のランドセルには形が合わず、つけられなかったんです。
さらに、一人ひとつ割り当てられた教室の棚には、横長すぎてスポッと入らず、いつもはみ出している…。
「みんなと違う…」
嫌でもそれを突き付けられ続けました。
同級生の子たちには「変な色~」「なんで形が違うの?」とからかわれるし、先生もなんとなく困った顔をしている。
(実際はそうではなかったのかもしれませんが、子ども心の私には、そう感じられていました)
「私はまわりを困らせてしまう…」
この気持ちは、その後、長年にわたって私をしばりつけることになりました。
原体験の一つは、モスグリーンのランドセルだったのかもしれません。

高学年になり、自由なリュックで通うことが認められ、そのランドセルからは解放されました。
すごく気持ちが楽になったのを、いまだになんとなく覚えています。
30年後の私が、あの色に思うこと
それから30年ほど。
大人になった私は、ランドセルの色で苦しんでいたあの頃とはだいぶ変わっています。
今の価値観で思い返せば、あのとき背負ったモスグリーンの横長ランドセルは、間違いなく好みです。
色も形も、素材感も、とても素敵だと思う。
でも、6歳のときの私にとって、親の選択がよかったのか、悪かったのかは、まだ答えが出せません。
内向的になったのも、逆に独立心が強くなったのも、「誰にも理解されない」というあの時の感覚があったからかもしれない。
結果的にはよかったのかもしれませんが、それでも当時の私は悲しかったし苦しかった。
その気持ちはなくならないし、ずっと抱えていきたいと思っています。
「普通」の基準は、時代と共に動いていく
でも、今回の散歩で気づいたことがあります。
世の中は、確実に変わり続けている。
色とりどりのランドセルを背負った子どもたちが、誰にもからかわれることなく、当たり前のように歩いている。
男の子が赤に近い茶色のランドセルを背負っていても、不思議には思わない時代になっている。
あの頃の私が「変」だと言われたことが、今の子どもたちにとっては「普通」になっているんです。
今「当たり前」とされていることも、10年後、20年後にはガラッと変わっているかもしれない。
むしろ昔よりも、変化のスピードは早くなっているのかもしれません。
だから、何が正解で何が間違いかなんて、最終的にはよくわからないのだと思います。
当時の私は、自分でランドセルの色について何かを言うことはできなかった。親の選んだものを背負うしかなかった。
でも、大人になって、自分で判断できる力を身につけた今なら。
自分で、好きなものを選び取りたい。
簡単に見つからないのなら、時間をかけてでも探したい。
もし、みんなが当たり前に選ぶものを選べないとしても。
自分の心が本当に望むのなら、それを選んでいいのだと思います。
世の中なんて、変わり続けていくのだから。
このエッセイは、「心と働き方のカウンセラー」の山﨑ももこが書いています。
働き方・生き方について迷ったときは、いつでもお話をお聴かせください。

